「知識」2025年4月
- tetucafe3
- 2025年5月4日
- 読了時間: 2分
更新日:2025年12月6日
とても活発にハイペースでたくさんの意見が出ました。知識の定義をしてからと思いましたが意外と難しく、「知識を定義するのは不可能」という意見が出て諦めました。幅広い知識の様々な側面について出た話をざっくりとまとめてみました。
知識の種類
・言葉も知識。体験的、直観的な情報も使えるものなら知識。
・知識は会話、娯楽、仕事など、用途別に7分類できる。
・AIで得られる知識と得られない知識に2分類できる…AIで得られる知識は偏りのない知識。AIで得られない知識は「AIに質問する方法」といった人間の知識で、人間の思惑によって偏りがある。
知識の必要性について
・知識はただあればいいのか?あまりなくても知識につながるツールをたくさん持っている人も別の意味で知識が豊富といえるのではないか?
・「正しい日本語の知識」は必要なのか?その価値がわかる人がいないと意味がないのでは?伝わればいいなら正しい日本語の知識はあまり必要ではないのでは?
・ネットやAIを使いこなせば専門家顔負けの知識を得られる。知識はあればいいのか?考える力は損なわれないのか?
・知識を会話で出す理由は、言いたいことを信じてもらうための根拠として出す。
・知識は現実そのものではないが、未知の現実とつながるためのガイドとなりうる。知識がないとものの見方が狭くなる。
知識の負の側面について
・知識でマウントを取る人がいる。一方でマウントを取るつもりがなくても知識を伝えると攻撃ととられる場合がある。でも同じ土俵に乗らなければ大丈夫。
・人は自分に有利な知識しか受け付けない。人はそうすることで自分を守っている。その点、AIは自我がないので公平。その人の凝り固まった先入観や権威主義的な思想等、人間の思惑が入り込み、あると障害になる知識もある。
・知識は現実を阻害する性質をもともと持っている。それは現実に名前をつけ、定義づけることで生き生きした現実を型にはめ処理してしまう。知識は人間が作ったものなのに、多すぎると人でなくなりそう。名づけることで感動が薄れる。
・西洋文学や聖書のように知識がないほうが無垢で美しいとされる思想もある。知識がないと謙虚に観察するから無垢なのでは?それなら知識があっても思考をやめず、謙虚に観察をし続け、知識を更新し続けることでより一層よく現実を味わえるのではないか。
今後に持ち越しの問い
・AIは脳の仕組みに基づいて作られているし、新しい情報を入れて訂正していく。人とどう違うか?
・知識の善悪の理由をもっと掘り下げたかった。




コメント