「善悪」2025年3月
- tetucafe3
- 2025年3月26日
- 読了時間: 2分
更新日:2025年12月6日
「実際の行動を起こす本人の意図と、善悪の判断との関係はどうなっているのか?」という問いから始まりました。子育ての悩みとして「親が良かれと思ってする行動でも実際には悪い影響を及ぼすものもある。親自身も気づいていない自分本位な思いが裏にあると思う」という実例が出されました。
それに対して「善悪は結果だけで判断するものだろうか?意図自体にも善悪はあるのでは?ある行動に対していつ善悪を判断すればいいのか?」という疑問や「ほとんどの場合は善と信じて行動すると思うが、復讐や欲望など悪意で行動する場合もある」という意見が出されました。
そして結果悪になるケースについての話が展開しました。「もし裏に隠された意図があって、それをカモフラージュするために善だと理由をつけていたとすれば、パワハラなどのように価値基準の押し付けや他者を阻害することにつながりかねないよね」という意見に対し「大人だったら受け手の責任は大きいと思う」「子供や社員は従うしかないかも」「社員なら従いつつも意見は言うべきでは」といった意見が出ました。
概ね共通認識だったのは「善悪は世間・社会・グループが、一番うまく機能するように多数決で作ったものであり、時代や背景で変わるもの」ということでした。「傍から見て悪と思われてもその中の構成員が善と思い満足しているなら口出すべきではない」
さらに「個人は善悪を直接決められないが『問いかけ』はできる。パワハラ・モラハラ等は善悪に反旗を翻す言葉」
そして最初の問いに戻って「善悪は個々が少しずつ時間をかけて共同で想像したものだから、ささやかな貢献を今、皆で共有している」「善悪の判断には時間軸も取り入れるべき。善悪の判断はどこかの時点で1回するものではなく、今も継続しているところ」「こうやって皆で話し合うことでも善悪の基準は少しずつ変えていけるのではないか」というところでお開き。
なかなか内容の詰まった対話になりました。これからの自分の行動を見直すきっかけになりそうです。参加者の皆さんありがとうございました。




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